〜兎と女王と人魚の話〜
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(まぁ、僕の方から会いに行くので問題ないですけどね…)
(いつも連れ立っている相手が気に食わない事を除けば、ですけどね…)
だけどその度に 彼女の笑顔を見せ付けられ、これといった事も出来ないまま今に至る。
つまり僕の隣りに居なくても、彼女はこの世界で幸せになれたという事だ。
だけど、同じ世界に居て、ずっと彼女を愛していられるのだから、
僕はこれが自分の幸せと思う。
この気持ちは何だろう?
彼女と一緒に居る奴らが羨ましくて仕方が無い。
何かが違ったんだろうか?
( 解らない…)
「なんじゃ ホワイト、少しも仕事が進んでおらぬようじゃな?」
「ええ、ちょっと疲れているんです、
誰かさんのせいでこの所ずっと働き詰めでしたからね」
「仕事なんか、ちょっと頑張ってすぐに片付くくらいが丁度良いのに…」
「それには妾も同感じゃな、
この仕事はいくらやっても次から次へとキリが無い…ウンザリじゃ」
「なら、後はキングに任せて、僕と陛下は休憩という事にしませんか?」
「僕はアリスに会いに行きます」
「ええ?!どこへ…ッ?!」
「…何処へ?アリスは何処へ行ったんですか?!」
「でも、知りたいんです!」
「何故、僕のせいなんです!?
アリスは僕を愛しているのに、僕を避けたりする筈が無いでしょう?!」
「嘘じゃありませんッ、アリスは僕を愛しているんです!」
「〜〜〜〜ッ!!」
「放って置いて下さいッ……」
「学習…、そういえば、やらなきゃいけない事がありました!」
「…そう、僕は、アリスに何か本を読めって言われていました、
お利巧なウサギとしては、今のウチに何か読んで置くべきですよね!?」
「正直、何を読めばいいのか さっぱり解りません」
「アリスに相談したくてもこの所は、ちっとも会えないし、
僕は、なんて可哀想なウサギさんなんでしょう…」
「別にいいでしょう、僕はアリスに会えるだけで幸せなんですから…」
「それは……僕だって、伝えられるものなら…」
「おい、ホワイト…よもや、アリスに、
お前の愛した時間こそ 実は自分なのだとでも言うつもりではあるまいな?」
知れば彼女はすべてを思い出し、元の世界に帰ってしまうだろう。
それをペーターは何よりも恐れている。
そもそも、忘れさせるためにこの世界へ強引につれて来たのだ…
(彼女がたとえ幸せでなくても、自分の側に居て欲しいだなんて…)
何とか体裁を保とうと言葉を探すものの全て途中で見失ってしまう。
賢い宰相の筈が、女王の前で まるで言い訳に失敗した子供のように口篭った。
「…何ですか?」
「あぁ、声と引き換えに足を貰ったとかいう……
それの、どこが僕みたいだって言うんです?!」
「ご冗談を!どうしてあなたに勧められた本なんか読まなくちゃならないんですかっ!?
それも童話なんて読んだって、何もアリスに言えませんよ!」
「あなたに言われたくありませんよ!」
「あなたに僕の何が解るって言うんですか!?」
女王はムキになる宰相をあしらうように、転がした言葉を絡め取った。
さも、もうどうでも良いというように宰相から視線を逸らし、
用意させたティーテーブルの席に座ると、お気に入りのカップに紅茶を注ぎ満足そうに微笑む。
( 嫌がらせで優しくするというのも悪く無いものだな、今度からはこの手でいこう…)
「あぁ そうじゃ、ホワイト…」
「人魚の姫はな、王子の愛が欲しかったのではない事を、お前は知っていたか?」
「うむ、実はそうなのじゃ、意外であろう?」
ペーターは返事をしない。
だが、無視して出て行く事も出来なかった。
女王はそれを確かめてから、更に続ける。
「さぁ…それが、最良の選択だったんじゃないんですか?」
「………」
あの様子なら白ウサギは きっと、あの物語を読むだろう。
そして何を思うだろうか?
それを手に入れる事は人魚にとって「特別」で「代えのきかない」存在になるという事だ。
自分の住む世界の掟やルールに縛られず、生きて行く意味を得ることに違いない。
(まぁ、王子がその気持ちを知ることはついに無かったがな…)
(同感じゃ、そんな気の利かないロクデナシの男などさっさと首を刎ねてしまえば良い)
(大馬鹿じゃ、薄気味の悪い自己満足に酔っているだけという事にさえ、気付いておらぬ)
だが、あの宰相はどうだろう?
同じように他人事だと読み流してしまうだろうか?
「さて……これは、次に会う時が楽しみじゃな…」
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